会保険労務士でない者の業務制限
    (社労士法第27条の解釈について)


(業務の制限)
社労士法
第27条


社会保険労務士又は社会保険労務士法人でない者は、他人の求めに応じ報酬を得て、第二条第一項第一号から第二号までに掲げる事務を業として行つてはならない。ただし、他の法律に別段の定めがある場合及び政令で定める業務に付随して行う場合は、この限りでない。

従来、社会保険労務士法第27条に関しては多くの議論がなされてきていますが、純粋の法律解釈として27条の問題を検討することで説得力のある議論ができるのではないかと考え、以下論じていきたいと思います。

1.
社労士法の目的
.もともと、
労働保険・社会保険法(以下「労働・社会保険法」という)は企業の従業員の福祉向上を意図し、そのことを通じて企業の発展に役立つことを目的としていますが、労働・社会保険に関する法律は年々複雑化し、専門化してきていて、これに企業が適切に対応し従業員の福祉向上や企業の発展をはかるには、法律の専門知識のない者にまかせていては、もはや不可能であって、労働・社会保険法に精通した専門家でなくては労働・社会保険法の本来の目的を達成できなくなったのです。

そのため、
社会保険労務士法は社会保険労務士(以下「社労士」という)の制度を定めて、社労士が労働・社会保険に関する法令の円滑な実施に寄与するとともに事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資するものとしたのです。(社労士法第1条)

2.
法27条の「業として」の解釈
「業として」とは
、社会生活上の立場に基づいて事務を反覆・継続して行うことを言います。
法27条が社労士以外の者に法第2条第1項第1号から第2号までの事務を禁止したのは、専門知識のない者が反復・継続して社労士業務を行うことは労働・社会保険法の目的である従業員の福祉向上と企業の発展を阻害することになるためです。
業として、反復・継続して事務を行うことは、それが大量的に行われることから、社会に及ぼす影響が大きく、法の目的である従業員の福祉向上と企業の発展を阻害する可能性が高いため許されないのです。

たとえ
副業であっても、反復・継続して行われれば法の目的を侵害することになるので、「業として」とは、本来の職務として行われない副業の場合も含みます。

3.
同法の「報酬を得て」の解釈

「報酬を得て」とは、
事務処理等の対価として利益を受けることを言います。
まったく
無報酬で事務を行うことは法で禁止していませんが、これは以下のような趣旨と解されます。
すなわち、前述のように、
法が社労士以外の者に事務を禁止したのは専門知識のない者が反復・継続して社労士業務を行うことは労働・社会保険の目的を阻害することになるためです
ところが、社会生活上、報酬を得ないのに反覆・継続して事務処理を行うことは、まず考えられないため、法の目的を阻害する可能性が低く、その場合まで禁止する必要がないのです。
しかし、対価として有形無形にかかわらず
何らかの利益があれば、それを目的に他人の事務処理を行い、反覆・継続して法の目的を侵害する可能性は高い。
したがってここでの
「報酬を得て」とは、ひろく人の需要を満たすに足りる一切の利益を得ることを含むと解釈しなければなりません。

金融機関の職員が年金の裁定請求手続きを行うことなど、個別に対価を得ないで「サービス」と称して社労士法第2条第1項第1号から第2号までに掲げる事務手続きや提出代行を行うことは、社会保険労務士法第27条の「報酬を得て」社労士業務を行うことにならないのでしょうか。
前述のように、「報酬を得て」とは、人の需要を充たすに足りる一切の利益を得ることを言いますが、例えば金融機関の職員が年金の裁定手続きを行うのは、
相手方に金融機関の顧客として年金の振込にその金融機関の口座を利用してもうという利益を得ようとするものですから、前述の行為は「報酬を得て」事務手続きを行うものと考えられます。
また、このような行為は金銭を得ないで「サービス」として社労士法に規定した業務を行うのであっても、
専門知識のない者が反復・継続して行うのでは、かえって従業員の福祉向上、ひいては企業の発展を阻害するのであって法の目的からみて許されるものではない。

これについては、
@預貯金口座開設を事実上期待していたにすぎないのだから手続き代行と預貯金口座開設とが直接対価関係にないこと。
A預貯金そのものが金融機関に帰属するものでないことから「報酬を得て」に該当しない、との考え方があるが、

@依頼者との間で打ち合わせの上、預貯金口座開設を期待して手続き行為をしているのであって
預貯金口座開設が単なる偶然とは言えず、社会通念上相当とみられる因果関係があり、明確な対価関係にあるし、
A
預貯金口座開設によって金融機関がその運用の利益を得るのであって事実上の利益にとどまらないから「報酬を得て」に該当すると解釈するべきです。

立法論としては、「報酬を得て」社労士業務を行うかどうかは法の制定目的から見てあまり重要ではないのだから削除すべきです。
なぜなら、資格のないものが、他人の事務処理を反覆・継続して行うこと自体が法の目的を侵害することになるのであって、報酬を得ないからといって、法益侵害が許されることになるのは立法趣旨に反するからです。

4
.同法の「政令で定める業務に付随して行う場合は、この限りでない。」の解釈

社労士法第27条の但し書きは、本文の例外として「政令で定める業務に付随して行う場合は、この限りでない。」と規定しており、税理士・公認会計士等の業務がここでの「業務」にあたります。(施行令2条)
それでは、
税理士等が具体的事例に関係なく、税理士業務等の周辺業務であることを理由に法第2条第1項第1号から第2号までに掲げる事務を行うことは許されるのでしょうか。
前述のように、法第27条が規定されたのは、専門知識のない者が反復・継続して社労士業務を行うことが労働・社会保険法の目的である従業員の福祉向上と企業の発展を阻害することになるためです。
税理士等は確かにその専門分野での知識は十分でしょうが、労働・社会保険法に関しては十分な専門知識を持たないのが通常です。そうであるからこそ税理士制度等とは区別して社労士法が社労士制度を規定したのです。
このことから、税理士等であっても一般に専門知識の乏しい者が、何の制限もなく反復・継続して社労士業務を行うことは、法の目的に反すると言わなければなりません。
従って、
第27条の「業務に付随して行う場合」は厳格に考えて、施行令第2条に掲げる業務を行う場合に不可避的に伴う行為、または必然的に包含される行為に限定されるものと解釈すべきです。

さらに、社労士が、仮に労働・社会保険法等の規定にそぐわない事務処理を行った場合、厚生労働大臣は 極端な場合には社労士資格を喪失させることができます(法第25条第3号、懲戒処分としての失格処分)。
このことによって社労士法は、社労士制度の目的である労働・社会保険法令等の適正な実現を担保しようとしています。
   
もし仮に、第27条の但し書を緩やかに解釈して、社労士以外の者に幅広く社労士業務を認めた場合は、当然そこには この担保作用が働かないことになります。

ここからも、労働・社会保険法令の適正実現のためには第27条の但し書を厳格に解釈しなければならないことになります。






5.最後に、
このような「社労士法27条」の解釈ないし立法論について次のような意見があります。

@第27条の「報酬を得て」を削除することは、社労士業務の無償独占が実現することになり、零細な事業者への対応ができなくなり、これらの事業者と従業員等に過重な負担が強いられる、
との主張について。

複雑な労働・社会保険法の専門知識のない者が(報酬を得ようと得まいと)反復・継続して社労士業務を行えぱ、従業員が当然受けられるべき権利が受けられなかったり、企業に無駄な負担をかけたりする可能性が高く、かえって事業主や従業員に迷惑をかけるのであって、無償の行為だからといって零細企業等の役に立つという考えは間違っています。

A同法の「制令で定める業務に付随して行う場合」を削除することは、社会保険労務士制度の創設前から税理士が行ってきた業務を禁止し、今まで行ってきた税理士の既得権を奪うことになるばかりか、結果的に関与先企業等に新たな負担を強いることになる、との主張について。

「既得権」を保護することができるのは、
(1)新制度が
できる前に広く社会的に承認された、現実的権利が存在して、
(2)その権利を保護しても新制度の目的実現を損わないことが必要です。

なぜなら(1)単に事実上黙認されていた業務を新制度の目的実現を制限してまで保護する必要はないし、
また(2)時代の要請にしたがって制定した新しい制度を「既得権」を保護することで骨抜きにすることは、本末転倒だからです。

この観点からみると、税理士等が広く社会的に承認された、現実的権利として社労士業務を行っていたかどうかは検証が必要です。

また、仮にこれを認めたとしても、
前掲Aの意見は関与先企業の社労士業務であればすべて「付随業務」とみるのでしょうが、これでは労働・社会保険法の目的を実現すべく制定した社労士制度を骨抜きにするものであり、このような形で「既得権」を保護するのは法制度上無理です。
そこで「既得権」を認めるにしても解釈上、前述したように制限された範囲に限らなければなりません。                             

以上




【参考条文】
※要するに1号2号は手続き業務 3号はそれ以外の相談、コンサルティング業務です。

(社会保険労務士の業務)

第二条  社会保険労務士は、次の各号に掲げる事務を行うことを業とする。

 別表第一に掲げる労働及び社会保険に関する法令(以下「労働社会保険諸法令」という。)に基づいて申請書等(行政機関等に提出する申請書、届出書、報告書、審査請求書、再審査請求書その他の書類(その作成に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識できない方式で
作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)を作成する場合における当該電磁的記録を含む。)をいう。以下同じ。)を作成すること。


一の二 申請書等について、その提出に関する手続を代わつてすること。

一の三 労働社会保険諸法令に基づく申請、届出、報告、審査請求、再審査請求その他の事項(厚生労働省令で定めるものに限る。以下この号において「申請等」という。)について、又は当該申請等に係る行政機関等の調査若しくは処分に関し当該行政機関等に対してする主張若しくは陳述(厚生労働省令で定めるものを除く。)について、代理すること(第二十五条の二第一項において「事務代理」という。)。

一の四 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律 (平成十三年法律第百十二号 )第六条第一項の紛争調整委員会における同法第五条第一項のあつせんの手続並びに障害者の雇用の促進等に関する法律(昭和三十五年法律第百二十三号)第七十四条の七第一項雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和四十七年法律第百十三号)第十八条第一項育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成三年法律第七十六号)第五十二条の五第一項及び短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成五年法律第七十六号)第二十五条第一項の調停の手続について、紛争の当事者を代理すること。一の五 地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第百八十条の二の規定に基づく都道府県知事の委任を受けて都道府県労働委員会が行う個別労働関係紛争(
個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第一条に規定する個別労働関係紛争(労働関係調整法(昭和二十一年法律第二十五号)第六条に規定する労働争議に当たる紛争及び行政執行法人の労働関係に関する法律(昭和二十三年法律第二百五十七号)第二十六条第一項に規定する紛争並びに労働者の募集及び採用に関する事項についての紛争を除く。)をいう。以下単に「個別労働関係紛争」という。)に関するあつせんの手続について、紛争の当事者を代理すること。

一の六 個別労働関係紛争(紛争の目的の価額が百二十万円を超える場合には、弁護士が同一の依頼者から受任しているものに限る。)に関する民間紛争解決手続(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(平成十六年法律第百五十一号)第二条第一号に規定する民間紛争解決手続をいう。以下この条において同じ。)であつて、個別労働関係紛争の民間紛争解決手続の業務を公正かつ適確に行うことができると認められる団体として厚生労働大臣が指定するものが行うものについて、紛争の当事者を代理すること。

 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類(その作成に代えて電磁的記録を作成する場合における当該電磁的記録を含み、申請書等を除く。)を作成すること。

 事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること。



この小論文は私が平成5年に書いてあったものをベースにしていますが、当時から社会保険や労働保険の事務代行手続を 社労士以外の士業の事務所の人や 労働保険事務組合の人が頻繁に行っているのを見かけました。(労働保険事務組合は労働保険法令上の給付関係の業務及び社会保険法令上の業務は代行できません)
どうして法律に根拠のないことができるのか、疑問に思っていましたが、関係の窓口の人や他の士業の方の社労士業務に関する理解や認識の低さが原因していると感じました。(私たちのPR不足のせいもありました)

また、社労士が関係官庁に社労士業務侵害防止の理解を求めるときに、「権益の侵害」だという論調が先にたっていて(それはそれで、当たり前のことですが)、申し出を受けた方は、「まあ、法律に書いているから、従いましょうか」という反応だったと思います。

しかし、ここにあるように、社労士制度は、年々複雑化し、専門化した労働・社会保険法の目的を達成するために必要不可欠なものとして登場したのです。私たちの使命は、企業の従業員の福祉向上と、そのことを通じた企業の発展に役立つことです。そのことをふまえてPRや議論をしていくことが説得力のある方法だと思っています。

いまは、規制緩和の流れの中で士業の垣根を低くする動きが盛んですが、社労士に関する法律の理念に変りはありません。このことをふまえた議論が必要だと思います。
matuyama yuichi 13/11/8  29/5/12(改正後の2条 27条を記載)
保険労務士でない者の業務制限
    (社労士法第27条の解釈について)
ま え が き

北海道社会保険労務士会 函館支部
特定社会保険労務士
   松山 勇一
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